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myon.jpg桜の下には。

 桜の下には死体が埋まっているという。
 それを確かめたいと佳人が言う。

「ねえ、妖夢。春を集めて欲しいの」
 冬も終わりに近づいたころ、気まぐれでお天気屋で何を考えているのかわからない妖夢の主人はぽやんとした声音で言った。
「春、ですか」
 正確に言うと、春度というものだった。めぐり行く春夏秋冬のその気配。春ともなれば、世界は春という色に染まる。その、染まる前に春を奪ってこいというのだ。その、気、といってよいだろうか。
 できないことではない。春の気配を探し出し、妖夢の手の中に小さくまとめて冥界に持ってこればいいだけだ。それは難しいことではない。が。その後の混乱は大変だろう。なんといっても、世界から春が無くなるのだ。全てが雪に閉ざされたまま、芽吹くはずだったすべてはそのまま眠りから覚めず、花は咲かず、凍えた世界の中で生き物は震え、死んでしまうかもしれない。それを指摘すると、主人が冷めた目で妖夢を見てきた。
「そんなこと、私の知ったことではないわ、妖夢。大切なのは世界中の春を集めることなの」
 主人は、自分以外どうでもいい人であった。そして妖夢は主人以外はどうでもいい存在であった。
「そうすれば、ほら、この桜が芽吹いて花を咲かせるのよ」
 主人が一本の桜を指差した。毎年毎年、満開の桜の中で立ち枯れたように沈黙を保つその大きな桜は、妖夢も知っている。西行妖と言う。
『あの、桜の下には』
 祖父が何かを言っていたような気がしたが、思い出せない。妖夢は幼すぎて、祖父の言っていた何かのほとんどは、水面に映った景色よりも儚く確かではない。
「あの桜が満開になれば、桜の下の誰かさんが起き上がるの。私と同じ、死んでいるのですって。死んでいるのに、形があるなんて素敵よね。誰かさんが起きてきたら、私と妖夢とその誰かさんと一緒に仲良く住みましょうね。誰かさんが妖夢より年下ならば、妖夢はお姉さんになるんだから優しくしてあげてね。年上なら、妖夢は妹になるわね」
 妖夢が何かを思い出そうとする前に、主人が、ふわふわと浮かびながら、浮かれた口調で一気に言った。常に小春日和のようにのんびりした主人らしくなく興奮しているが、声音は常の主人らしく小春日和のようにのんびりしている。
 妖夢は常々、自分の幼さが主人の不興を買っているのではないかという怯えを抱いていたため、自分より年上ならいいと思った。妖夢を相手に何かを話す主人は何度かに一度、つまらなさそうなため息をつく。そのたびに、妖夢は消えていなくなりたくなる。なぜ、自分はこんなに未熟なのか。主人の言う言葉が時々わからなくなるほどの幼さがにくく、自分を研磨しようとするが、妖夢はどうすれば研磨できるのかわからないほど、まだ幼い。
 仕方がないので、いつも仕事を一生懸命にする。庭を必死に整えるのが自分の仕事だが、他にもあったような気がする。
『あの、桜の下には、……だから、お前は……』
 祖父の言葉が時折かすめるが、妖夢はわからない。今になって思えば祖父は妖夢が幼かったことに気づいていなかったのではないかと思う。様々なことを教示し、言い残していたが、妖夢が理解できたことはほとんど無かった。
「ねえ、あの桜の下には誰がいるのかしらね」
 主人が、今までに無く幸せそうだった。
 妖夢は、桜が咲く季節になれば主人がうれしそうにする反面、うんざりした顔をしていたのを知っている。西行妖がみっともない、とぶつぶつ言うことをよく知っている。実のところ、満開の桜の中に、薄みっともなく花をつけない西行妖があるのは、妖夢は嫌ではない。そこにはある種の無常観があり、完璧でないからこその味わいがある。庭師としての妖夢は、そのアンバランスを愛しいとも思っていた。もし、これが満開になってしまえば、その風景はありきたりになってしまうだろう。
 最も古い大樹が、花を咲かせない桜の園。
 それは、何か深い暗示的な絵画のようで、春になると妖夢は時折、仕事を忘れてうっとりとしていた。そして、そんな自分を嫌悪する。
 主人が嫌悪しているものに愛しさを感じるなんて、なんてなんて、自分は至らないのだろうか。
 そんな主人が、幸せそうに西行妖を見る。今までに無く、幸せそうに。
 ああ。自分は、この顔を守りたい、と思った。それこそが自分の使命なのだろうと思う。祖父も、そう言っていたような気がした。
『あの、桜の下には』
 桜の下には、主人の幸せが詰まっているということですね、おじい様。
 妖夢は、まさに満開の桜のように微笑む幽々子を、まぶしそうに見つめた。宝物を眺める目つきで、見つめ続けた。

 妖夢は、美しい主人のために必死に春を集めた。そんな妖夢を騒霊たちは興味深そうに眺め、楽しそうであったが、手伝いもしない。あれらが役に立ったことがあったであろうかと妖夢は呆れるが、その音曲を楽しむ幽々子を考えれば怒鳴ることも出来なかった。
 地上は冬に閉じ込められる。冬のあやかしたちは幸せそうに踊ったり笑ったりしており、まあ、こんな世界も良いかもしれないと妖夢は思った。
 正直、妖夢は幽々子が幸せならどうでも良かった。
 美しく、麗しく、身勝手で愛しい主人が幸せそうに微笑んでくれればそれでよかった。全てが雪に覆われようと、西行妖の封印が解けようと、その下の誰かが起きようと、その全てが幽々子の幸せにつながるのなら、妖夢はその命を投げ出すのも惜しまない。
 そうして、冥界に春が満ち、西行妖が今までに見せたことの無い命の証を見せ、幽々子の微笑みはますます輝く。ああ、あと少しで、幽々子の願いは達せられ、妖夢は幽々子の思いに答えられるのだ。
 今まで、答えられなかった全てが、ここで帳消しされるような錯覚を覚え、妖夢はさらに精力的に春を集めた。
 しかし、自然の摂理に逆らうそれは、やはり反動というものがあるらしい。
 放置していた冥界の結界の崩れから、人間たちがやってきて、妖夢をこてんぱんにのしていった。何度立ちふさがっても、ごみ屑のようにくしゃくしゃにされ、結局は幽々子を守ることは出来なかった。
 あの、桜の下には、なにもなかったのといっしょになった。
 呆然とし、ともすれば絶望と自嘲との感情に支配され、今までに見たことの無いような乾いた笑いを浮かべる幽々子を妖夢はさらに呆然と眺める。
 箱庭の中の、狭い小さな幸せの世界を土足で踏み荒らされた、とも思い、しかしその箱庭を最初に壊したのは自分であった。幽々子の願いのために箱庭を最初に飛び出したのは妖夢だった。
 幽々子の願いを思いを、その切なる祈りを実現できなかった自分はとても幼く、いたらなく、未熟で、みっともない。どうすれば幽々子に笑顔を取り戻せるのかわからず、必死に考えるが、頭が白かった。それでも、何か言わないといけない気がした。
 幽々子が求めていたのが、満開の桜なのか、桜の下の誰かなのか、なぜ求めたのか、なぜこんなにしょぼくれているのか、妖夢はわからない。わからないながらも、子供心に寂しいのか、と思う。なぜ寂しいのかはわからないが、寂しそう、と思ったので、それでいいような気がした。
 寂しいのなら、たくさんの人の場所へ行けばいい。冥界で足りないなら、もっと広い場所に行けばよい。冥界という箱庭以外を妖夢は知ってしまっている。
「幽々子様。地上の花見、なんてどうでしょうか」
 妖夢の言葉に、主人が驚いた顔をした。何でも知っていると思った幽々子が初めて小さな少女に見えた。そうだ、幽々子は主人であったが、少女でもあるのだ。
「ああ、あの赤白巫女が神社の裏の桜で花見宴会だとか何とか言っていたわね」
 幽々子が一人ごちる。
「はい。地上は、遅い春のためか、今、まさに春爛漫です。桜が美しいですよ、きっと」
 妖夢は必死に言う。幽々子のひそまれた眉をなんとかしたかった。下を向いた顔をなんとかしたかった。憂いに帯びた目をなんとかしたかった。それだけで。地上の桜が美しいかどうかなんて、本当はどうでもいい。
「それは、とても楽しそうね。お友達、できればいいのだけど」
「巫女も黒白も、きっと暇ですから、楽しく遊べると思うんです…」
 最後には消え入りそうな声音で妖夢は必死に言った。自分で何を言っているのだろう、と思う。巫女も黒白も、あの犬みたいな性格のメイドも、幽々子の邪魔をしたいやなやつで、本当なら死んでしまえとか思っている。でも、あいつらを消してしまっても、もう春は帰ってこない。
「あらじゃあ、花見団子作っていかないといけないわね。妖夢、お願いね」
 幽々子はすっかり機嫌がよくなったのか、くすくすと笑い、最後には楽しそうにくるくると舞い踊る。軽やかな動きに嘘は無く、妖夢は初めてほっとした。幽々子の笑顔こそが妖夢の全てなのかもしれなかった。
「楽しみね、とても楽しみね」
 ふわふわと歩く幽々子の後ろについて、妖夢も歩き出す。花見団子はいくつ作ればいいかなあ、と思いながら歩いた。主人さえ幸せならば、妖夢は幸せだった。

 桜の下には何かが埋まっているという。
 そんなことを子供のころに聞いたような気がしたがそれは特に幸せと関係ない話である。

**********************

例大祭で無料配布した話の妖夢バージョン。あと、紫バージョンも書きたい。
東方はSSがあまり好かれていないのかな?というくらい、SSが少ないんですけど、私自身はSSや小説が好きなので、増えて欲しいかなーとか思います。

ところで、妖夢を書くと、結構おもしろいことがわかりました。
この人、幽々子以外、どうでもいいんか、と咲夜と違う意味で主人一筋だと思うと、怖いわ!視野がすごく狭そうですね。マジ狭かったらすごく好きかも知れません。視野狭窄の子供って好きなんです、モチーフとして。

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初コメント失礼します
無料本買わせていただきました
例大祭お疲れ様でした

言葉選びがとても素敵でゆゆ様がとても好きになりました
ありがとうございました!
さば 2009/03/11(Wed)18:00:46 編集
ありがとうございます!
無料本、楽しんでいただいたとのことで、ありがとうございます!
ゆゆ様がとても好きに…!
私の本でゆゆ様好きが増えたならとても嬉しいです。
こちらこそ、感想ありがとうございましたv
はに丸 2009/03/11(Wed)19:40:31 編集
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はにわはに丸
同人誌とか作ってます。
効果アシになりたい…。
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